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インタビューず

公益財団法人 地球環境戦略研究機関 田中 勇伍 氏

田中 勇伍(たなか ゆうご)氏
1987年 滋賀県生まれ
2020年 京都大学大学院総合生存学館博士一貫課程修了 博士(総合学術)
2010年-2015年 電源開発株式会社(J-POWER)にて原子力発電所立地業務と経営企画業務に従事
2018年-2019年 国際エネルギー機関(IEA)にて再生可能エネルギーの電力系統統合に係る分析業務等に従事。
2020年-
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 関西研究センター研究員。専門はエネルギーシステムと公共政策。

ー現在IGESで地域循環共生圏を担当され、コロナ禍下ご多忙の中、リモートでインタビューさせていただきました。ありがとうございます。

ーよろしくお願い申し上げます。プロフィール拝見致しましたが、電源開発から国際機関での再エネ分析と幅広く経験されていますが、取り組むきっかけといいますか、大学時代は環境系の学部におられたんですか?
いえ、ボート部です(笑)。法学部だったんですが、学校に行ったというか行ってないというと語弊がありますが、滋賀県出身ですので、琵琶湖が大好きで、湖畔のボート部の艇庫を根城に一年中合宿していて、朝の4時半に起きて練習して8時くらいに学校に向かう生活でした。
朝の4時くらいに鏡のような静かな湖面の上に、狭霧というんですが、うっすらと霧が立ち昇ってる中で一人で浮かんでいる時間が大好きでした。
琵琶湖から京大まで約20キロ、初めは自転車で通っていたんですが、頓挫しバイクで通っていました。ボート部では、入部当初は期待されて8人乗りだったんですが、徐々に落ちて、最後は2人乗りに乗っていました(笑)。

ボートはかなりヘビーな競技ですので、腰も肩も膝もボロボロになりました。

ーすみません、法学の勉強をされてボートに打ち込んだ学生生活と、電源開発の企業に進まれたこととはどのようにつながるんでしょう?
ボート競技が最高潮に盛り上がる時期と就活の時期が完全に一致していました。最終学年ですので頑張るぞーと盛り上がった時期が過ぎると時すでに遅く、エントリーシートがほとんどの会社で締め切られていました(笑)。

ーすみません、普通就活優先じゃないですか?
それが許せなかったんです(笑)。結果的に、2次募集していた企業の中で電源開発株式会社を選んで、幸運にも採用されました。琵琶湖をずっと見ていましたので自然環境が変わってきている、このままだと大変だとうっすら感じていて、地球温暖化問題には興味を持っていたのが大きかったと思います。
J -POWERは、最先端技術を駆使して環境問題に取り組んでいる、ここだ!みたいなノリでした。

ーやっと繋がってきましたね(笑)。J -POWERでは原子力発電所立地業務に従事された訳ですが、どのようなお仕事だったんですか?
新入社員で配属されたのが、青森県下北半島の大間町でした。建設中だった大間原子力発電所の建築をスムーズに進めるためには漁業者や地元の合意が必須ですので、そのための地元対応を担当していました。漁協の組合とか役所とか地元の人たちの中に入り込むのが仕事で、合意形成を目指して文字通り日夜情報収集に取り組んでいました。

原発の安全性を地域の皆様に訴えていた訳ですが、赴任した翌年に東日本大震災が起こりました。

下北半島全体が停電し道路も封鎖され、陸の孤島状況が数日続きました。役場に非常用電源がありましたので、お伺いして役所の皆様とテレビを見ていた時に起こったのが、4号機の水素爆発。その瞬間テレビの前の全員が静まり返りました。

地震が起こって以降、非常に厳しい環境になった訳ですが、建築は4割がた進んでいて、原子炉格納容器を納品設置する寸前でしたので、なんとか建設を継続させること工事再開の合意形成が私のミッションになりました。周りの町村に拡大した合意が必要となり、難航しました。

一番若くて使い勝手のいい私が前面に立って動いていましたので、非常に辛い時期でしたが、悪戦苦闘しながらも周りの力添えも大きく影響し、1年後に無事合意に至りました。

ー大変でしたね。
原子力の諸問題というか色々なことが見えたというか分かってきましたので、自分的には思うところがありました。その後本社で予算を作るなど経営企画的な仕事にあたりました。違った形の役所対応も経験しました。その中で、震災を経験してエネルギー政策の考え方が大きく変わるだろうと予想していたんですが、そうではなかったというのが驚きでした。変わらない社会に愕然としました。

自分としてはこの機に一旦いろいろなことを考えてみようと退職し、母校に開設された大学院_思修館で総合生存学を学び始めました。

ー総合生存学ですが、初見でしたので調べました。ホームページで拝見したんですが、代表理事をされている一般社団法人総合生存学インパクトセンターの記述が一番分かりやすかったです(「総合」的に人類の「生存」を考える、すなわち、人類の生存を脅かす複合的で多面的な社会課題を、細分化されてしまった科学の知識を総動員して理解し、解決策を見つけ出そうとする「超学際」の学術です)。
ありがとうございます。原発事故もそうですが、政治や技術など複雑に絡み合う問題をどうハンドリングしマネジメントするか、体験から感じた科学と政治の関係性を見つめ直し現実とどう対応するか、思修館で5年間研究していました。そのうちの2年間、具体的には3−4年目は国際エネルギー機関 IEAに大学院に属しながら籍を置いていました。大学院に帰って最終5年目に考えをまとめて博士論文に仕上げた感じです。

ー国際機関で働くというのはなかなか得難い経験ですね。特に感じられたことは?
IEAは、事務局長も石油業界の方でしたし原点は石油だったんですが、国際機関ならではと言いますか、多くの国の拠出金で運営されていますので、力学が働くんですね。一番拠出金の大きいのがアメリカでしたので、当時はオバマ大統領が再生可能エネルギーを強く推した流れがありましたし、欧州諸国からの拠出金でクリーンエナジートランジションに取り組み、グリーンスタッフが大きく増えた時期でした。

200名程度の職員のうち日本人スタッフは8人程度で、加盟国ではない中国人のほうが多かった印象です。地球規模での気候変動対策への日本の貢献はあまり認知されておらず、日本の主張に共感を得るのは難しかったですね。国際機関でのプレゼンス形成の重要さを肌で感じました。

私の関わっていた再生可能エネルギーの電力システム統合のプロジェクトでは、トップであったSimon Muellerさんが、物理学者で技術に明るいだけではなく政治的なタクティクスに優れた方だったのが印象的でした。世界の再生可能エネルギーのナラティブをガラッと変えた人でした。その姿を身近に見れたことが最大の収穫だったんじゃないかと思います。目の前で世界が変わる姿を見た経験、科学力がサポートする政治力の実践を眼前に見た思いでした。

最終年に貴重な経験を積んだIEAから大学院に戻り、博士論文に自分の体験、考え方をまとめました。

ー要旨を拝見しました。『持続可能なエネルギーシステムを目指した政策デザイン手法の研究-日本の事例からの示唆-』。政策コミュニティーと科学者、市民3者の政策決定における力学的関係性に着目されていますよね。
強力な政治のナラティブに対抗するフラットな力を、科学的な理論武装によって市民の力を強めることで拮抗する力を作り出すことができるという仮説でした。実際は、政治のナラティブが強いというか圧倒している社会だと痛感しています。

以前は、脱炭素もそもそも必要なのかの議論があったんですが、今や脱炭素の手法選択論になっています。議論が狭い一方向に一気に流されている感じがしてなりません。

社会を変える、脱炭素を実現するには、社会の最大の構成員である市民が、より多くの選択肢できれば科学的に合理的な選択肢を持ちえるかがポイントであり、その選択肢を市民と一緒に作りたいというのが、今の私が目指しているところです。

しかしながら政策コミュニティーに影響を与えるだけのインパクトはなかなか作り出せないのが現状ですので、変化は先ずはやはり若い人からということで、昨年度から取り組んでいますのが、

『ひょうご高校生 環境・未来リーダー育成プロジェクト』です。
今年度は、兵庫県下14校38名の高校生と環境問題の解決策を考え作り出すイベントを行いました。意識も高くしっかりした意見を持った若い人がこんなにいるんだなと、感心しましたし勉強になりました。
エネルギー施策においては国策的な意味合いも大きいですが、脱炭素の部分では住民参加、理解がないと進まないと考えています。ライフスタイルなどを大きく変えて脱炭素化を達成するにせよ、革新的な技術によってそれを達成するにせよ、社会の構成員がそれを支持しなければ何も変化は生まれないと考えます。

また分散型の電源や再エネを展開することで、市民参加を推進することも大切だと考えます。この点で、北摂里山地域循環共生圏は重要な取り組みであり、生活に根ざした再エネが身近に進む体験を通じて住民の価値観を醸成し、環境に対するリテラシーが高まっていくのではないでしょうか。体験実践の場を作り出すためには、内輪の強力な推進力がキーになると思います。

ー繋がりました、ありがとうございます。今後の北摂里山地域循環共生圏についてどのような取り組みが考えられるでしょうか?
2050年までにゼロカーボンを実現するロードマップを、全国の地域循環共生圏をベースにして作りたいと計画しています。そのためのケーススタディ検証の場として、色々な実践を北摂里山地域循環共生圏でトライしたいと考えています、頑張ります。

ーありがとうございました!

硬い話になるのではと思っていたんですが、ボート部のお話から始まり楽しいインタビューでした。
また原発事故における活動やパリ本部の国際機関での肌感覚のお話は大変勉強になりました。
今後の活動を通じて、総合生存学的なソリューション展開を学ばせていただきたいと思います。(T.Mi)

 

東谷地区コミュニティ協議会 熊手輝秀氏 南野繁夫氏 杉本勝広氏

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