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インタビューず

国崎クリーンセンター啓発施設 所長 関野 正 氏

関野 正(せきの ただし) 氏
国崎クリーンセンター啓発施設 ゆめほたる 所長

川西市内を車で走っていると、多くのごみ収集車が同じ場所を目指して、進んでいくのに気が付きます。北へ北へと。
目指す先は、猪名川上流広域ごみ処理施設組合が運用するごみ処理施設「国崎クリーンセンター」です。センターには地域の環境学習・啓発施設「ゆめほたる」が併設され、同施設組合により運営されています。
北摂里山地域の環境啓発と保全に取り組まれている「ゆめほたる」の関野所長にお話をお聞きしました。

ーお忙しいところよろしくお願いします。
こちらこそよろしくお願いします。
2022年6月に就任して、やっと1年。うまく当を得たお話ができるか心配です。

ーお生まれは?
そこからですか(笑)。
生まれは、瀬戸内海の塩飽(しわく)水軍の本拠地・香川県丸亀市の本島。その後、明石海峡大橋のたもと、兵庫県神戸市の舞子で育ちました。
明石市立天文科学館が近くにあったので、小学生の頃はプラネタリウムのプログラムが変わるたびに毎月行ってましたね。本もよく読む方で、ヨットでの単独無寄港太平洋横断に成功した海洋冒険家の堀江謙一さんや、世界初の五大陸最高峰登頂者の植村直己さんの本が好きでした。今思えば自然に興味を持っていたんだと思います。天文学者や冒険家とか新聞記者とか、脈絡なくいろいろな将来の夢を描いていました(笑)。

大学を目指す時に新聞出版業界に行きたいと希望を持ち、「マスコミを目指すなら法学部がいいよ」という教師や先輩が何人かいて、その言葉を真に受けて香川大学法学部に入学しました。

ー真っ直ぐですね
入学して気付いたんですが、公務員目指してる人が大半な感じでした。
私のようなマスコミ志望はほとんどいませんでした、あれ違ってたかなと(笑)。それでもなんとなく大学生活を続けてしまい……。大学時代の思い出は、学園祭の実行委員会での活動。大学祭の準備全般を行うのですが、中でもタレントを招いてのコンサートは主要な企画の一つでした。プロモーターやイベント会社と交渉をして、80年代のアイドル、伊藤麻衣子さん(現・いとうまい子)、本田美奈子さん(2005年に38歳で死去)に来ていただきました。
他には、仲間と一緒に「編集集団 極楽蜻蛉(ごくらくとんぼ)」という団体を作って、学内雑誌「香川大学ユニプレス」を刊行しました。季刊でA5判50ページほど。大学と大学周辺の記事でしたが、なかなか好評でした。一番読まれたのは、教授・助教授の優良可の割合を徹底的に調べて発表した特集記事でしたね。
四国新聞で連載枠をいただいて記事を書いたり、香川県のタウン情報誌で編集のアルバイトをしたり。それなりに充実した大学生時代だったと思います。

ー就職活動はマスコミ一本ですよね
いえとんでもない、、在学中に「地方の大学からマスコミに就職するケースはあまりない」ということを知り、たぶん合格しないだろうと思って、マスコミに限らず、金融、メーカー、商社に建設と片っ端から試験や面接を受けました(笑)。
ネットがなかった当時、資料請求や会社説明会の申し込みは、はがきを出すのが普通でした。100社以上ははがきを出したと思います。流れに身を任せるというか、なるようになるだろう、マスコミは無理でもどこかの会社に受かるだろうと思ってましたが、最後に内定が出たのが、毎日新聞でした。

ー夢が叶いましたね。どんな記者生活だったんですか
入った時からのお話をしますと、全国紙では、地方の支局で記者生活を始めるのが一般的でした。
私は、京都支局に配属になりました。当時の京都支局には20名程度いましたが、新人記者は、まずは警察とスポーツ担当です。事件事故や災害と、高校野球などの取材ですね。現場での第一目撃者としてその事象を間近で見させて記事を書く勉強をさせようというのが新聞社の考え方なのだと思います。最初は見たこと、聞いたことをそのまま全部書いていましたが、2−3年で自分で取捨選択や仕分けができるようになります。日本全国のものごとを記者の目の網で捉え、組織の縦軸の中で選択し収斂し記事化し、印刷され読者の目に触れることになるのが新聞記事です。そうした仕組みの一番下というか最先端で情報収集しているのが新人記者ですね。
京都支局の後、宇治支局、鳥取支局、福井支局敦賀駐在、福島支局を廻りました。その地その地の話題を追いますから、もちろん支局によって色が出ます。その色の中で自分の色が生まれるというんでしょうか。
振り返ると、鳥取支局で人形峠のウラン残土の取材をしたのが、環境と言いますか原発とのかかわりの初めだったと思います。次の敦賀では、15基の原発が集中立地しており、原発が一番の取材対象でした。その次に配属された福島支局は、東京電力の10基の原発があったところです。東日本大震災と福島原発事故(2011年)の前で、原子力が「未来のエネルギー」というキャッチフレーズで語られることもある時代でした。
その後、大阪本社の科学部(毎日新聞社では「科学環境部」という名称)に配属されました。科学や医療・環境分野の記事を書いたり編集をしたりしていました。そのうち管理職になり、福島原発事故から2年後の2013年に福島に支局長として着任しました。原発事故の汚染水を処理するALPS(多核種除去設備)が動き出したり、避難指示解除や除染が徐々に進んだりしているころですね。福島に対する思いもありましたので、躊躇はなかったです。
忙しく2年を福島で過ごし、大阪本社の科学部に戻りました。その後も異動はあったんですが、早期定年の募集を機会に50代半ばで新聞社を退職しました。

ーありがとうございます。何かを目指して辞められたんですか?
やりたいことは特になく辞めました。またもや、流れに任せていればどうにかなるかなあと(笑)。
三十数年前の大学卒業時と同様の就職活動の開始でした(笑)。新聞社時代に担当した科学や環境分野を中心に企業や役所40か所くらいに履歴書を送りました。学生時代ほどむやみやたらに送ったのではなく、分野はさすがに絞りましたよ(笑)。その結果お世話になったのが、京都市南部クリーンセンター環境学習施設さすてな京都です。
その後、今の「ゆめほたる」に着任しました。

ー記者時代の通奏低音である環境が受け継がれたわけですね。ゆめほたるでのお仕事は
この施設には、設置の目的などを定めた役所の条例があって、その中では「ごみ減量及びリサイクルに関する情報の発信並びに自然や環境問題について学習を通じ循環型社会の構築に寄与する」とうたわれています。これを私なりにまとめると、「ごみ減量の啓発」「環境学習」「里山保全」がゆめほたるのミッションと言えるでしょう。

 


「ごみ減量の啓発」「環境学習」「里山保全」は、相互にかかわりあっています。施設内のリサイクル工房で不用品廃材等を生かす講座を開催することは、ごみ減量につながるとともに、環境学習にもなります。   啓発・学習ロビーを使った展示や、見学コースからごみ処理の実際の工程を見学することもごみの減量の啓発や環境学習に直結します。研修室を使った各種環境講座の実施やイベントの開催も環境学習ですね。

そして、施設の敷地を使った「里山保全」活動は、環境学習にもつながっていきます。

従来取り組んできた環境学習に明確なゴールはありません。
新聞記者時代、私は「科学や環境分野のニュースや話題を幅広くなるべくわかりやすく伝えること」を目指しました。ゆめほたるでも同様に「環境について幅広くわかりやすく伝える」という姿勢を持ち続けたいと思っています。時代の変化に対応した展示の更新も求められています。そのために新たなより分かりやすいストーリーのある展示デザインにも挑戦したいです。

展示の更新には、目論見が他にもあります。
ゆめほたるは都市部から離れ、公共交通では来ていただきにくい立地にあります。それだけに一度行ったら終わりではなく、また行きたいと思っていただける魅力を作りたいと考えています。従来からのイベントの充実とともに展示の魅力もアップさせて、両輪で来館者を増やしていきたいですね。

さらに、ゆめほたるをベースにしながら、外に出て行くことも求められています。
現在も毎年、県立川西明峰高校に出向いて、2年生を対象に4回の環境学習の出前講義をしています。リソースの関係もありますが、ほかにも同様の「出前」的な機会を作りたいと思います。

兵庫県立川西明峰高校の「明峰の学び」での出前授業

ここ国崎クリーンセンターの敷地は約33ヘクタールあります。
その大半が里山林で、ゆめほたるがその一部を使って里山学習の講座や催しを開いています。この山の有効活用も求められています。山の荒廃もかなり進んでいますし、里山管理の取り組みは、スタートが一年遅れれば山の荒廃も一年進む、、なんとかしたい、素直な気持ちです。

里山林内に安全・安心な遊び場を広げることで、若い世代が、遊びの中で自然や里山を感じて考える、大切さを知る。環境学習の一番いい場所になるんじゃないでしょうか。

敷地内の山林では里山遊びのイベントも。写真は「ツリークライミング」の様子

また北摂里山地域循環共生圏の中で教育的なコンテンツを作り出す連携ができれば効果的ですね。
北摂里山フィールドパビリオンにも期待しています。形を少しずつでも作って行くことが、地域を活性化するには必要ですから一緒に取り組みましょう。

色々お話ししましたが、ゆめほたるは2009年に開設され14年が経過し、時代も変わっています。
実際にゆめほたるにお越しになるゲストの皆様の期待と要求は広範なものになっています。今私たちが、どこまでうまく拾い上げることができるか、何を足さなければならないか、何を引かなければならないか、施設をお預かりして1年、毎日が挑戦の日々ですが、これからも頑張ってまいります。

ーありがとうございました!

ー環境記事のベテラン記者のお話は面白く、色々なお話の迷路に楽しく迷ってしまいました。
ーペンを剣に変えての環境教育の現場でのご活躍と楽しみにしています。お力添えも何卒よろしくお願いいたします。
 T.Mi

西谷地区地域活性化部会 部会長 安場 翼 氏

川西市黒川里山センター センター長 藤田 美保 氏

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