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インタビューず

渓のサクラを守る会 代表 西澤 孟治 氏

西澤 孟治(にしざわ たけじ) 氏
渓のサクラを守る会 代表
2017年度 緑化功労者表彰 林野庁長官賞受賞

里山のお話を聞いているとよく「まち山」という言葉を聞きます。
川西には大規模団地が多く開発されていますので、都市部から移住された住民の皆様が団地内に憩いの場を作っている…イメージを勝手に持っていました。
川西市最大の開発団地である多田グリーンハイツを活動地とされ、野生のサクラ:エドヒガンと、多様な植生の保護に取り組んでおられる 渓のサクラを守る会 西澤代表に、まち山での取り組みについてお話をお聞きしました。
活動地の入り口には、会員の皆様の自転車がガードレール内に駐輪されていました。
すぐそこにある山、身近なまち山の良さが感じられました。

ーよろしくお願いします。そもそもになりますが、エドヒガン保護に取り組まれたきっかけは
よろしくお願いします。長くなりますが(笑)。
私は、医薬品メーカーに長く勤めていまして、当時の企業人にありがちな仕事一筋でした。
今に繋がっているのではないかと思えるのが、働き盛りに赴任したフィリピンの自然の姿です。四季のある日本と違って乾季と雨季の気候の中で、私に言わせると鮮やかに咲き誇る原色の花々を見て、日本の桜が思い出されてなりませんでした。
赴任を終え、帰国した年の春に見た東京千鳥ヶ淵の桜の美しさに我を忘れたのを今も覚えています。

定年を迎え、さてこれからどうしようかと考えた時に、今までとは違った体を動かすこと、自然に触れること、そして自分を育ててくれた地域社会に幾ばくかでも還元する活動をと思い、縁あって川西里山クラブ菊炭友の会に入って活動を始めました。

2年ほど活動を続けていた3月のある日、あそこに見えますガードレールのところを、車でたまたま走っていたんです。
「おっあんなところに桜が咲いてる!」ソメイヨシノより少し早く咲いている桜に気が付きました。
大学の先輩でもあった川西里山クラブのKさんに相談すると、桜があることはご存知でしたが、放置林でとても入れないよと言われました。

今も覚えていますが2007年9月に、誰の許可も得ず、Kさんと2人、なんとしても桜に行き着こうと剪定鋏一本持ってフェンスを乗り越えたのが、全ての始まりです。
真っ暗な林の中に目標とすべき桜も見えず、ただただ身の丈を超える笹の中にうずくまって進みました(笑)。

ーかなり行き当たりばったりですね(笑)。その日にはたどり着かないですよね。
入り口から高低差60メートル距離で100メートル以上を這うように進んで、2008年2月に、5ヶ月かけてやっと辿り着いたのが、銘板No.1のこの桜です。
この桜に行き着いた時にKさんが、これはひょっとしたらエドヒガンかもしれないと言われました。
周りを切り開いていくと4−5本の同じような桜が姿を現しました。これは面白くなってきたなと話をしていた頃、私たちの切り開いた道を誰かが降りてきたんですね。

誰かなと話をしてみると、もう今は解散されましたが「川西再発見」というグループの方で
、川西市の職員もおられました。私たちの活動が不信だったんでしょうね(笑)。
「ここは市の土地です、市に来てもらって一度話しましょう」となったんです。

実はこの土地は、1967年開発を終えた開発業者から市が寄贈を受けた土地で、地目は公園でしたが全くの手付かずだったんですね。

ー市の持ち物ですから、そうなりますね
都市計画課との話になり、その課長がなかなか捌けた方で、
「いい計画なので是非進めてもらいたいが、市の許可を得るにはかなりシビアな事前調査が必要です。ついては毎木調査をお願いします。お金もかかりますが、市も幾ばくかお金を出しますから一緒に進めましょう。」となりました。

私も経験があまりありませんでしたので、手探りで進めました。
10箇所の10✖️10メートルの区画を作って、その中にある樹木を全て洗い出す調査です。
ボランティア団体のメンバーや近隣の有志を募り約20名と行ったこの事前調査活動が、今の会の母体です。2008年6月19日、この調査開始日を、私たち「渓のサクラを守る会」の設立日としました。

5ヶ月かけた調査を終え、2008年11月に活動許可が出ました。
約4haを管理する契約を結び、現在は約7haの管理契約を継続しています。
市の担当課長から、補助金で体制を整えて欲しいと3年間継続サポートの申し出をいただき、スタートを切りました。ありがたかったですね。

ー文字通り道を切り開かれたわけですが、その後の活動は
活動当初に里山研究の第一人者である兵庫県立大学の服部保先生が、視察に来られ「これは絶滅危惧種のエドヒガンのそれも群落地です。是非保護してください。頑張ってください!」と励ましていただき、会員一同発奮しました。

当時12本程度のエドヒガンを確認していましたが、私も意を強くし、県の講習会や様々な研究会に出席して植生の保護に関わる勉強を重ねました。お陰様で、80本のエドヒガン群落が市の天然記念物に指定され適正に保護しています。

また服部先生から、当地のエドヒガンのDNAを残すべきとのご指導をいただき、サクランボから育てて植樹し、エドヒガン域の拡大にも努めてきました。
当初、発芽がなかなかうまくいかなかったんですが、小学校の環境学習を受け入れたことも拍車をかけ、ノウハウを積み上げて今は順調に数を増やしています。

活動を進めるに当たり、私たちは、会の憲章(約束)を作り指針としています。
① 渓に群生するエドヒガンはじめ数種類のサクラを保護・育成して美しいサクラの森をつくります

② 周囲の照葉樹、落葉樹の高木を適度に間伐して明るい森をつくり、昆虫や野鳥が豊かに生息する生物多様性の森を実現します

   渓に咲く花々:写真左上 イチリンソウ(時計回りに)コバノミツバツツジ、ウグイスカグラ、ノカンゾウ

③ 子どもたちの学習をお世話しながら、保護者や私たち老壮世代をつなぎ、3世代による活動の永続をめざします

④ 猪名川への不法投棄を抑制、ゴミを回収して清流の回復、景観の改善につとめます

⑤ 安全第一を旨として動力機器の使用を控え、マイツールによる手作業で達成感を味わいながら、健康で息永い活動をつづけます

⑥ 地域社会の信頼を高め、会員相互の親睦を深めて明るく楽しい活動を進めていきます
活動自体は憲章に従って概ね堅調に発展してきました。
2011年9月には川西市の天然記念物に指定され、環境省の「生物多様性保全上重要な里地里山全国500選」にも指定されています。

体を使って何かしたいという地域の皆様の参加も進み、地域活動として根を下ろしたと思います。
コロナ前には63名の会員、常時30名程度の参加があり、活動地も大きく広がりました。
大きくは、エドヒガン群生を保護するエリアと、植樹を進めるエリアです。5ha程度になると思います。
しかし、コロナ禍の影響もあって会員数が50名程度に減少、メンバー構成も変化していますので、活動を質的に転換し、身の丈に合ったものにしなければと思案しているところです。
会員数を回復し、次世代に活動を継承していくためには、今がちょうどターニングポイントではないかと考えています。

ー活動の継承は、全てのボランティア団体に共通する正に喫緊の課題ですね
先ほどお話ししました小学校の環境体験学習に取り組んだことで、1つの光明が差し込んできました。
体験学習では子供たちに、ハサミを使ってササを切り、ノコギリで木を切る整備体験をしてもらっていますので、保護者の皆さんも一緒に参加するようお願いしてきました。その結果、お母さんたちが会の活動に興味を持ち参加していただくようになりました。

現在の会員数は50名強。女性会員が男性会員を逆転しています。
お母さんたちの参加が私たちの新しい大きな力になりつつあるのです
。
定年延長の時勢ですから、男性のボランティア参加に多くを望めません。女性こそが当会の担い手です。

今、環境学習に参加いただいている2校の全児童に参加募集のチラシを家に持って帰ってもらっています。女性たちの参加しやすい、活動を継続できる環境を作り出すことが、私たちの命題と考えています。

ー目指すは、女性の代表ですね
そこで、次代のエースにインタビューしていただこうと思っていますので、よろしくお願いします。
高屋さん(左)と梅村さん(右)です。
ーよろしくお願いします、緊張しますね(笑)。会に参加されたきっかけは
梅村さんー環境体験に参観する形で参加していましたが、参加した子供達がすごく生き生きと楽しんでいたのを覚えています。
その時から来て欲しいと強烈なラブコールを何度も受けていました(笑)。
当時はつづら折の道もなく、森もまだまだ暗かったのですが、皆さんの頑張りで明るい森になり、行きやすくなりました。こんなに努力されているならお手伝してみようと参加しました。

高屋さんー梅村さんが1人で参加されていたのですが、活動のお話を聞いているとみんなが元から興味を持っていたので、何人かで参加し、今では7名のママ友が参加しています。


梅村さんーその頃に私たちの少し上の年代の方も数名参加されて、いっそうにぎやかになりました。

高屋さんー「遊んで帰っていいよ」から始まったのですが、参加してみると確かに楽しかったです。
虫も大好きですので、虫にも出会えますし、無心で笹を刈っていると気分爽快で癒しになっています(笑)。


梅村さんーベテランのみなさんが丁寧に手ほどきしてくださり、お褒めをいただきながら活動するのはとても楽しいですね(笑)。

高屋さんーお嬢さんと呼ばれています(笑)。これは次も行こうと(笑)。
すごく近くて歩いて5分でこんなにいい場所があるなんて来ないともったいないなと思いました。
2人とも仕事していますが、活動日の木曜日が休みの仕事に就いています。

梅村さんー身近な場所だからこそ自分たちで守らないといけないという気持ちになってきましたね。
しかし、この気持ちを周りに広げて会員を増やすのはとても難しく、どうやれば皆さんに興味を持っていただけるのかが日々の課題です。

高屋さんー仕事もお持ちですし、家には庭もある。虫も嫌いだし、怪我をするかもしれないしなどで、なかなか、長期的に参加する人が増えるイメージが持てません。
単発のイベントで参加していただき、継続的な活動に興味をもっていただけたら良いなと思います。


梅村さんーSNSなどで拝見すると、例えば宝塚自然の家の活動なんか楽しそうだと思っています。
イベントに参加してもらって、活動の魅力を紹介するイメージですね。しかし、活動を変える新しい取り組みをとなると、本当に難しいです。

高屋さんーこのままお手伝いでいたいと思ったりします(笑)。

梅村さんー私たちのママ友グループ7人で何時間もかけて会議をしたりもするのですが、なかなか結論がでません。私にはリーダーの資質もないなあと思います。しかし継承は待ったなしで時間もないと思います。今までの会の流れを見ても、団体を統率するのは難しいですね。西澤さんの力がまだまだ必要です。

高屋さんー梅村さんの求心力も欠かすことは出来ないと思います。

梅村さんー2人とも5年以上活動しています。辞める選択肢はないかなとも思っています。
体重も減りますし、渓も綺麗になりますし(笑)。

高屋さんーこれからも負担にならない程度で頑張ろうかなと。

梅村さんー北摂里山地域の他のボランティア団体の活動をもっと知りたいなと思います。
この活動の形なら自分もできるかもしれないという気付きがあるんじゃないかなあと。
会の存続に向けできる範囲で頑張って行きたいと思います。


高屋さんーまだまだ上の年代の方の力がなければと思いますが、その力をうまく受け継いで行きたいと思います。

ーありがとうございました!



ーインタビューを通じて、大切なのは「なんでも面白がる柔らかい心」だと思いました。
継承に必要なもの継承すべきものも、またこの「なんでも面白がる柔らかい心」なのではないかと。
来年の春に満開を迎える渓のエドヒガンを見に行こうと思います。ありがとうございました。
T.Mi

 

一般社団法人宝塚にしたに里山ラボ  代表理事 龍見 奈津子 氏

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